海外ボランティア活動を終えて

今回取材させていただいたのは、救命救急センターに勤務する、永津葉子看護師です。
令和4年7月からカンボジアにある病院とパラオにある病院にてボランティアの看護師として活動され、そのお話を伺いました。

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海外ボランティアを実際に経験された思いをお聞きしました。

ボランティアの在りかた

当初は、本当に医療の届かないようなところにいって、日本の医療の力を持って助けるっていうイメージが強かったですが、そうではなかったです。そういう目線でいくと、歓迎されませんでした。
そもそも現地のプライドのようなものがあって、教えてあげるっていう感じで行くとそれだけで線を引かれてしまいます。受け入れてもらえないので、援助ができなくなってしまうんです。
現地の人たちと共に仕事をしながら、教えるというよりも「日本ではこんな風にやっていたよ」と普段の会話の中で情報を伝えることで現地の人たちに日本の看護を知ってもらえるように工夫していました。
現地の人たちがやってきたことを尊重しつつ、信頼してもらえるように関係性を構築しながら仕事をすることが大事でしたし、そうやって自分が変わることで現地の人たちにも受け入れてもらえるようになりました。

コミュニケーションが大変だった

カンボジアは英語を話せる人が少ない。英語を話せる人がいたとしても、日本語訛りの英語があるように、カンボジア人の英語の発音があって難しい。通訳の方がいるので、そこまで行って聞いてまた戻ってという感じ。
患者さんの多い病院だったので、通訳がいないと話が全くつながらない、コミュニケーションの壁が大きいと感じた。

海外での経験を経てアドバンス・ケア・プランニング(以下ACP)について考えは変わられた面はあるでしょうか―――

ACPに対する思いの変化

海外ボランティアを経て、ACPの取り組みの重要性を強く実感しました。
現地では、治療の選択肢が少ないということも影響してるいるのか、家族で支え、清拭したり、さすってあげたり、苦しみをとってあげて、最後亡くなるというのが多い印象で、それがACPをしているか、というとそうではなく慣習でおこなっている面が強いです。
また、パラオではキリスト教、日曜日はミサが行われている。人口も少なく、お葬式があると、地域の多くの人がお葬式にかかわるため、子供のころから死について触れることが多くなります。

死に対する考え方が違い、拒否的にならず、割とポジティブに話し合える。死ぬときは神のみぞ知るって感じだけど、家族といたいなあとか。そういったことが事前に話せるので、ACPが自然とできている。
そのことを前提に日本のことを考えると、日本の医療は高度で治療の選択肢も多い、また死に対する拒否感も強く「亡くなるときはどうする?」と話をすると、「そんな早く死んでほしいのか」、「縁起でもない」ということを言われる。また、事故や急性疾患で急に亡くなったとして、本人は気がつかずに亡くなったとしても、残された家族は、亡くなる直前の会話が蘇ってきたり、本人は亡くなったあとどうしてほしかったのか、どうしてあげるべきだったのか、いろんな後悔や思いが家族を襲って、なかなか立ちなることもできず、一生悩むこともあります。もし、亡くなるときのことをしっかり考えておけば、迷うことやショックからの立ち直りもまた変わってくる。
もちろん国民性、人間性、慣習、宗教観などもあり、強く影響している面もあるため、一筋縄ではいかないですが経験を通して思いはより強くなりました。

一旦当院を退職された形ですが、当院からのサポートなどはありましたか?

当院からは様々なサポートがありました。特に、来年度から大学院で学ぶことになるのですが、快く推薦状を書いていただき、暖かく対応していただきました。
また、一旦外の世界を見ることで、当院で行っている様々なルールは厳しい面もあるのですが、それが自分を守ってくれていることや、自身が身につける技術が自ずと高いレベルへと引き上げてくれているだと実感しました。

カンボジアの救急外来
パラオでの活動の様子
パラオの夕日